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京都地方裁判所 昭和38年(ワ)863号 判決 1966年4月15日

原告 坂本よし子

被告 日本電信電話公社

訴訟代理人 鰍沢健三 外九名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、請求原因(一)、(二)項記載の事実については、当事者間に争いがない。

二、そこで、原告に対する被告の懲戒免職が有効かを検討する。<証拠省略>を総合すると次の事実が認定できる。

(1)  原告は昭和三八年七月一日午後四時二五分から翌二日午前八時三〇分までの宿直宿明け勤務として福知山電報電話局運用課に出勤し、相勤の同僚元福知山電報電話局職員桐村君子と二人で夜間集中席において、電話交換作業に従事中、二日午前零時過ぎ頃、桐村君子が一一〇番の通話中であることを示すランプの点火が普通より長く感じられたので、その通話が円滑に行なわれているかどうか確かめるために監話したところ、その通話内容が電話局の前で足立理髪店の女の子が痴漢に襲われ、どぶ川へはめられたという趣旨のものであつたので思わず「マアー」と驚きの声を発したところ、その声を聞いた隣席の原告は、いちはやく自からも自席の一一〇番のジヤツクにプラグを挿し込み右通話を聴取した。

(2)  更に、原告は一一〇番通話終了後、聞きもらした、部分の内容を桐村君子に尋ね、襲われた女性が足立理髪店の娘であることを知つた。

(3)  昭和三八年七月三日頃原告は行きつけの福知山市内記六丁目七〇番地の八万木美容室に赴き、同美容室のマダム万木美智子に髪のときつけをして貰つていた際、先客が二人位居合せて、「ズロースやシユミーズがなくなる」とか「市内岸本ガードに痴漢が出るらしい」等の世間話がなされていたので原告は右万木美智子に「この辺に足立さんという散髪屋さんがありますか」と、話をきり出し「交換手同志で話をしているのを、聞いたんやけど、足立散髪屋の女の子が痴漢に襲われたそうや」というような趣旨の話をし前記のように自ら聴取した一一〇番の通話の内容および桐村君子から聴き知つた同人が聴取した通話の内容を洩した。

(中略)

三、次に、<証拠省略>によれば、被告の就業規則や電話通話取扱規程等に被告主張のような諸規定が設けられていることが認められ更に<証拠省略>によると、被告に於ては原告のように通信業務にたずさわる職員殊に原告のような電話交換手には通信の秘密保持についての特段の教育をし、原告に於て当時他人の通信の秘密を侵してはならないことは充分心得ていたことを認めうる。

そして、公衆電気通信法第五条第二項や就業規則第八条等の規定が保護しようとする「通信の秘密」とは、通信の内容は勿論誰から誰への通信であるとか、通話の存在自体をも意味するものであり、通信の秘密を「侵す」とは、これらのことを他人の知りうる状態におくことや、積極的に知得することを意味するのであるから、前記二項で認定した(1) ないし(3) の原告の各行為はいずれも右法条に規定された「通信の秘密」を侵したものであつて、公衆電気通信法第五条および被告の就業規則第八条に違反し、日本電信電話公社法第三三条、就業規則第五九条第一号第一二号に該当し、原告には懲戒事由があるものと言わねばならない。然も右(3) の行為は、通常不特定の人が出入りし、興味本位で種々なことが語られる美容院で為されたものであるから、その情は極めて重く懲戒免職の事由に該当するものと考えられる。従つて原告の右(1) ないし(3) の各行為を理由に被告のした本件懲戒免職処分は理由があり、適法有効である。

もつとも、右認定の(1) および(2) の事実における桐村君子の行為も(1) について監話として必要以上の聴話を行つた点で、(2) について右聴話によつて知つた通話の内容を原告に漏した点で、いずれも原告同様「通信の秘密」を侵したもので原告と同様前記法律、規則に違反し、前記法律規則の前同様の条項に該当するが、<証拠省略>によれば、桐村君子は懲戒免職を免がれたことが認められる。しかし<証拠省略>によつて認められる、前記(1) ないし(3) の原告等の行為を警察が取調べを開始し問題となつたあと、被告が原告等の行為は懲戒免職に相当する行為であるが寛大な処置として両人が自発的に退職願を出せばそれに応ずる用意がある旨申出たにも拘らず、桐村君子は自分の非違を認めて退職届を出したのに、原告は前記(1) ないし(3) の行為の一部しか認めずその重要な部分を否定して被告の右申出に応じなかつた事実や、前認定のようにその(3) の事実には桐村君子は関与していないことを考え合わせると、原告に対する懲戒免職が桐村君子の受けた処遇との関係で処分の均衡を欠くとは考えられない。

よつて、原告に対する本件懲戒免職の無効を前提として、被告に原告を被告公社職員として取扱うことを求める部分の原告の本訴請求は理由がない。

四、次に、不法行為に基く慰謝料請求について検討することとする。

原告の懲戒免職の記事が若干の新聞に掲載されたことは、当事者間に争いのないところであり、成立に争いのない甲第一号証によると週刊紙にも掲載されたことが認められる。

従つて、このため電話交換手であつた原告が社会的信用名誉を失墜したであろうことは推認しうるところではあるけれども被告のした原告に対する懲戒免職処分は前叙の通り違法ではなく、更に被告がこの事実を新聞記者等に公表した事実も、また不注意によつて、これを察知されたとする事実即ち右記事の出所が被告にあると認めうる何の証拠もないのであるから、原告がこれによつて名誉信用を失墜し、そのための原告の心痛が如何程であろうとも、被告に於てその責を負うべき筋合いではない。そればかりではなく、公共事業を営む被告日本電信電話公社の職員であつた原告の職務遂行中になされた前認定の通話盗聴及びその内容の漏洩行為の故に懲戒免職処分を受けたことは原告の私行上の行為でないのであるから、これを被告が公表し新聞等に掲載され原告の名誉信用を毀損したとしても被告の右公表は、それが真実である以上違法性はないものと解すべきである。

従つて、被告の不法行為を原因とする原告の損害賠償請求は理由がないことになる。

五、よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないので、これらを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 喜多勝 白石嘉孝 河田貢)

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